豊かな生き物を育む湖沼の再生
―汚濁湖沼の底質改善技術開発による健全生態系の構築―
研究の概要
本研究では底質改善が生態系に及ぼす影響を短期間に明らかにするため、適切な規模の人工池を構築し、ここに嫌気状態の浚渫底泥を敷きつめ、霞ケ浦の湖水を導入した。この人工池に底泥流動・酸化促進装置を設置し、稼動前・後において、水質・底質の化学分析と共に底生微生物・微小動物、水中の動・植物プランクトンの群集構造の経時的変化及び藻場再生と魚介類の定着に及ぼす底泥因子の影響を検討した。
本研究は、図1に示す研究全体の枠組みのもとに、研究参加機関の緊密な連携のもとに実施した。上記の目標達成を目指して実施した研究の概要と成果を要素ごとに分類して以下に示す。
(1)底泥流動・酸化促進装置の機能解析と改善技術の総合評価
(独)国立環境研究所水環境保全再生ステーション内に人工池(縦約30m、横約50m、水深約3.5m)を構築し、霞ケ浦浚渫底泥を厚さ約30p敷きつめ、湖水を導入した(図2)。
この人工池に栄養塩を添加し、富栄養化させてアオコ等の増殖を試みたが、緑藻類のみが増殖し、藍藻類の増殖が見られなかった。そこで、北浦から採取したアオコ懸濁水を2回導入・増殖させ、底泥流動・酸化促進装置(上下からの給水量の比率は約5:1、吐出水量は0.7〜3.0?/hr)(以下「装置」という。)を2機設置し、運転した(図3)。
装置の運転前及び運転後に人工池の水質・底質を定期的にサンプリングし、導入した装置の効果を検証した。その結果、実験池では、夏季にアオコが優占種となり12月上旬まで生息した。アオコの最盛期には、DOは表層で飽和状態、下層で貧酸素状態が続いた。これらのことから、導入装置の液循環量は、アオコの処理、底泥の好気化には不十分であると判断された。特に、装置上部からの液吸込み量が、波防止板などによって抑制されたものと考えた。そこで、基礎実験結果を用いてアオコ処理のシュミレーション解析を行った結果、装置の吸込み液量およびアオコ増殖速度の影響が池のアオコ処理に大きく影響することが判明した(図4)。

別途、オーストラリアのシドニーオリンピック記念公園で実施した実験では良好なアオコの処理が確認されており(図5)、今後装置の吸込み液量を増大するように改良することで今回遭遇した問題を克服できるものと考えている。
(2)底生微小動物群集構造と藻場再生に及ぼす底泥環境因子の解析

人工池底質に出現した微小動物は11種類であった。平成16年7月から11月にかけて底泥表層部(0〜1cm)の微小動物定量試験の結果は図6のとおりで、アオコが異常増殖した9月は、微小動物出現の個体数は最小で生物相は貧弱であった。なお、このときの底泥表層部のDOは0mg/lであった。

人工藻場(浮島モジュール)の苗棚に沈水植物を植栽したところ、オオカナダモで生長が確認され、生長の度合いは植栽する深さによって異なることが明らかになった(図7)。藻場に出現した微小動物は、43種類で、藻場に形成される生物膜は、底泥に比べると微小動物群集構造は複雑で、生活様式(遊泳性、固着性、ほふく性)や食性を異にする微小動物の集合体であることが明らかになった。特に、底泥に出現していないろ過摂食性微小動物が多く固着しており、濁度の除去能が高まることが明らかになった。
このような人工藻場を設置した対照池では、実験開始初期からアオコとは異なる藻類が優占化し、導入されたアオコの増殖が著しく抑制されて、アオコ最盛期でさえアオコ現存量は80colony/mlと少なく、また濁度も図8に示すように低い値を示し、水環境修復への適用が期待できた。この結果から、栄養塩の摂取能力の高い藻類を予め増殖すること、また水中にアオコ捕食能力の高い微小動物の棲家を用意することの有用性が確認された。
(3)底泥好気化と底生微生物群集構造変化の解析及び底泥溶出腐食物質の動・植物プランクトン変遷に及ぼす影響と魚介類の定着に及ぼす影響解析

湖沼底泥に生息する微生物の多様性解析を分子生物学的手法である16S rDNAにより調査した結果、86種類が検出され、極めて多様性に富むことが明らかになった。また、既知細菌種と16S rDNA配列相同性が97%以上を示すクローンは僅か3つであった。水圏では、見出せない底質に特異的な細菌を見出すことに成功した。低温性及び高分子分解性に着目した培養法によって、有機態窒素の無機化に重要な役割を担う新規好冷性細菌が分離された(図9)。
人工池における真正細菌群集構造の鉛直分布及び経時変化を解析した結果、底泥表層と下層では真正細菌の分布に明確な差異が確認できた。また、栄養塩の添加が真正細菌構造に変化を及ぼした可能性がある。
モデル実験系における環境要因変動に伴う真正細菌群集構造解析への影響評価解析の結果、好気、嫌気状態で活性化される菌種は異なり、好気状態では硫黄酸化細菌、アンモニア酸化細菌の活性化が明らかとなった。ここで、底泥の好気・活性化に伴い優占化される菌種の存在が確認され、底泥の好気化の有効性が確認された(図10)。
藻類の増殖と関わる底泥物質を解析し、関連物質を調査した結果、底泥溶出水による増殖能は、藻類種によって異なり、溶出水による底泥からの栄養物質の供給は、藻類の種構成に影響を与える可能性が判明した。
底泥の改善に伴う藻類の種構成及びその増殖特性を明らかにするため主にアオコ形成藍藻類の増殖に及ぼすフミン様物質の影響について検討した。底泥溶出水による増殖能は、藻類種によって異なり、溶出水による底泥からの栄養物質の供給は、藻類の種構成に影響を与える可能性があることがわかった。さらにM.aeruginosa等の藍藻類の増殖に対し、底泥から溶出する特定金属との錯体形成物質が大きく影響している可能性が示唆された。溶存フミン物質と各種環境因子及びアオコ増殖との関係を解析した結果、溶存フミン物質と細胞数、溶存性の全窒素がそれぞれ高い正相関を示したことから、溶存フミン物質は、アオコの増殖に関与していると考えられた。
一方、底泥の魚介類に及ぼす影響に関しては、霞ケ浦に生息するイシガイとマシジミで生物定着試験を行った。イシガイとマシジミでは貧酸素ストレスに対する耐性が異なり、初期の貧酸素状態下では、これまで貧酸素に弱いとされていたマシジミはイシガイより高い耐性を示すことが認められた。
(4) 底泥好気化と硝化・脱膣活性、微小動物の質的・量的解析及び捕食能強化等による浄化特性の機能評価解析

底生微生物の分子生物学的手法を導入した解析法の開発では、アンモニア酸化反応を司る酵素の活性に関与するamoA遺伝子に着目した手法によって、アンモニア酸化細菌の定量化技術を確立することができた。本手法により、定量的な微生物解析が可能であることが明らかになった。また、これまで不可能であった微生物の機能活性評価手法としての有用性が示唆された。
底泥コアモデルを用いた好気化の底生細菌に及ぼす影響を解析した結果、底泥の好気化は窒素循環の律速となる硝化反応を促進することが可能で、アンモニアから亜硝酸を経て硝酸へ迅速に酸化反応が起こることが確認された。また、アンモニア酸化細菌の存在を示すamoA遺伝子は特に表層から3cmまでの層に多く検出され(図11)、底泥における微生物による窒素循環は、表層から数cmにおけるアンモニア酸化細菌の働きにより、促進されることが示唆された。
さらに、amoA遺伝子に基づくT-RFLP法による群集構造解析を行った結果(図12)、鉛直方向におけるアンモニア酸化細菌群集構造の変化は小さいことがわかった。また、底泥の好気化においては、Nitrosomonas属およびNitrosospira属に代表される2つのピーク(48bpおよび283bp)の存在割合が増減する傾向が認められた。これらのことから、底泥の好気化による底質改善技術の高度化を図る上では、底泥好気化との関係について、これらの特徴的なピークによって示されるamoA遺伝子に着目した機能活性解析等が重要であることがわかった。